虫たちに付けられた様々な名前。
普段は、あまり気にとめることもありませんね。
でも、野外での探検がヒマになったこんな季節は、昆虫たちの名前をゆっくり眺めてみることにしましょう。そこには瑞々しい感覚が煌いていたり、絶妙な「見立て」が潜んでいたり、とても豊かな世界が広がっています。
「虫の名」は、私たちの文化を映す鏡とも言えるものなのです。
今回は、可憐な蝶たちに、いったいどんな名づけがされているのか、日本名(和名)と英語名(英名)をくらべながら楽しんでみましょう。
まずは、和名クジャクチョウ。孔雀の羽の模様からの発想ですね。
そして、英名は、The Peacock。東西の思いがピッタリとシンクロしました。
こちらの英名は、The Comma。後翅の裏面中央にあるヒゲのような白紋に注目した文字見立てです。
和名は、シータテハといいます。同じく文字見立てですが、アルファベットの「C」を和名に起用するという思い切った命名です(写っているのは右後翅ですが、左後翅だと文句なく「C」の形)。
セセリチョウのセセリは、動詞の「せせる(=小刻みな動作をせわしなく繰り返す)」が語源のようです。確かに、花で吸蜜する様子はそんな感じですね。
英名ではSkipperといいますが、これは、スキップするかのような軽快で素早い飛び方からきているのでしょう。
写真の種類は、和名がギンイチモンジセセリで、英名はThe Silver-lined Skipper。種名レベルの注目点は一致しています。
同じくセセリチョウの仲間の和名アオバセセリです。青緑色の色彩を「青葉」にたとえました。
英名はいくつかあるようですが、そのうちの一つがThe Green Velvet Skipper。アップの写真を見ると、なるほど、ベルベットというのは、質感をうまく表していますね。
こちらは、英名The Large Map Butterfly。翅の裏面の複雑なデザインを地図に見立てました(左の写真、翅を閉じている個体は春型。夏型よりも春型の方が「地図らしさ」が勝っています)。
和名は、サカハチチョウ。翅の表面全面に「逆八の字」を見た大胆な文字見立てです(右の写真は夏型。春型では「八」の字があまりはっきりしません。写真では蝶が逆さを向いているので、「逆八の字」ではなく普通の「八」に見えています)。
おなじみの、和名アオスジアゲハ。
英名は、The Common Bluebottle。
単に「青い筋」で処理してしまった日本語よりも、漆黒の地色に「青い瓶」の幻影を見た英語チームに座布団一枚、といったところでしょうか。
この可憐な蝶の英名は、The Short Tailed Blue。小さな尾状突起と翅の表面の青をダイレクトに表現しました。
一方の和名は、ツバメシジミ。「燕の尾のような突起を持った、蜆のように小さな蝶」ということで、短い名前の中に、鳥と貝を題材にした二つの見立てを潜ませています。
ちなみに、英語でSwallowtailというと、アゲハチョウの仲間を指します。
左は和名ヒメアカタテハで、「お姫様のように小さな(≒可愛い)、赤い、翅を立てている蝶」の意味です。右は和名アカボシゴマダラで、「赤い星のような斑紋のあるごまだら模様の蝶」のこと。
英名は、ヒメアカタテハがThe Painted Lady=お化粧したお嬢さん、アカボシゴマダラがThe Red-ring Circe=赤い輪のキルケー(魔女)。
どちらかというと、英名には気の利いた「人見立て」が多いようです。
薄暗い林で見られる小さなこの蝶は、和名ゴイシシジミ。東洋ならではの命名です。
そして、英名は、The Forest Pierrot=森のピエロ。これもまた、「らしさ」を見事に捉えた人見立ての秀作です。
こちらの和名はアオタテハモドキ。「青い色の、タテハチョウによく似た蝶」の意。歴としたタテハチョウの仲間なのに、なぜか「もどき」と呼ばれているのはちょっとかわいそうな気がします。
英名は、The Blue Pansy。ストレートな花見立てが素敵ですね。
雑木林に住まうこの蝶の和名は、スミナガシ。翅の繊細なデザインを「墨流し模様」にたとえました。
英名は、The Constable。「巡査」を意味する人見立てのようですが、私たち日本人としては、やはり、「墨流し」に一票入れたくなりますね。
ちなみに、この蝶、台湾では流星○蝶(○のところは、虫偏に夾と書き、タテハチョウの仲間を表すようです)と呼ばれます。こちらもまた、和名に負けず劣らず、美しい見立てですね。
(初出 「むし探検メール No.72」)
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